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塾長コラム

数学は日常に隠れてる

読売中高生新聞で

数検1級最年少合格者の記事が載っていましたので・・・

 

中学2年で一級合格

さらに2年連続で、ほぼ満点で合格

すごいですねぇ〜

 

彼曰く、数学は生活のいたるところに活用されているから

そういうところから観察すると、数学はもっと楽しくなるそうです。

 

例えば

(1)

ものが美しく見える比率「黄金比」は

名刺の縦横比やロゴのあちこちにある

(2)

日本古来の建築物には白銀比が用いられている

(3)

スマホのGPSにも数学の理論が使われている

 

このように教科書を超えた観点から数学を眺めると

驚きやワクワクにあふれているのだとか・・・

 

ワクワクしてきましたか!!!!

 

黄金比  1:(1+√5)/2   パルテノン神殿  名刺

白銀比  1:√2        法隆寺五重の塔  コピー用紙(A4:210 × 297)

 

コピー用紙でなんとなくって感じですね!

 

 

子どもの学力は○○○○○で決まる?

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180829-00056752-gendaibiz-bus_all

上記の記事を拝見しました。

本当なのでしょうか。

また、こんな結果も

「父親が単身赴任している子供の学力は、そうでない子供より高い」

「父親は遅く帰ってきたほうが、子どもは伸びる

父親の立場が・・・・・

 

 

 

そろばんは『考具』

トモエ算盤社長の記事より

そろばんは【考える道具】

記事を抜粋しました。全記事は下記URLを参照ください。

 

そろばんは抽象的な数字を、珠を使うことで目に見える形にできる。この特長を生かし、藤本さんは子どもが算数嫌いになることを防ぐ。

幼児にリンゴ1個、アメ2個といっても、すぐには記号としての1、2を理解できない。数字は子どもが出合う最初の抽象的な世界です。さっとなじめる子もいればそうでない子もいる。苦手でも、そろばんの珠なら具体的に数をイメージできる。内外の数学者と交流することが多いのですが、意外に計算は苦手だったという人が多い。人工知能(AI)時代のこれからは数学教育が大事になります。入り口でつまずかないようにそろばんを役立てたいと思います。
 

刑法のゼミ実習で長野県の松本少年刑務所に行った時のことです。少年たちが退所後の就職につなげるため、そろばんを一生懸命、勉強していました。 レッテルを貼られると、はがすことがなかなか容易ではありません。そこを切り開くために、そろばんを学ぶ姿が心に強く残りました。そろばんは練習した分だけ必ず上達します。仕事として教育に携わりたいと思うきっかけになりました。

社長を引き継ぎ会社で金庫を整理していると、父が走り書きしたメモが出てきました。「これからそろばんはどうなるのだろう」。強気一辺倒だった父にしては意外です。電卓の登場で80年をピークにそろばんが売れなくなり始め、行く末を心配していたのでしょう。
 そろばんの価値は何か、私自身しっかり考えなければなりません。コンピューターが普及すれば計算機としての役割は終わります。ハードではなくソフトウエアとして位置づけ、そろばん教室を展開することにしました。

96年、インターネット普及率がまだ5%という時代にホームページを開設。米マイクロソフトからそろばん100丁の注文が来た。

コンピューターの聖地、米IBMワトソン研究所には、そろばんを収めたガラスの箱があり、ハンマーを置いています。「何もかもダメになったら、ガラスを割れ(そろばんを使え)」とのメッセージが付いています。コンピューターの原点はそろばんにあるということでしょう。

 そろばんは決して役割を終えていない。抽象的な数を理解するための考具にできるという確信が持てました。

 

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180820&ng=DGKKZO34335150Q8A820C1EAC000

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180821&ng=DGKKZO34384590R20C18A8EAC000

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180822&ng=DGKKZO34438770S8A820C1EAC000

 

 

そろばんは『考具』

トモエ算盤社長の記事より

そろばんは【考える道具】

記事を抜粋しました。全記事は下記URLを参照ください。

 

そろばんは抽象的な数字を、珠を使うことで目に見える形にできる。この特長を生かし、藤本さんは子どもが算数嫌いになることを防ぐ。

幼児にリンゴ1個、アメ2個といっても、すぐには記号としての1、2を理解できない。数字は子どもが出合う最初の抽象的な世界です。さっとなじめる子もいればそうでない子もいる。苦手でも、そろばんの珠なら具体的に数をイメージできる。内外の数学者と交流することが多いのですが、意外に計算は苦手だったという人が多い。人工知能(AI)時代のこれからは数学教育が大事になります。入り口でつまずかないようにそろばんを役立てたいと思います。
 

刑法のゼミ実習で長野県の松本少年刑務所に行った時のことです。少年たちが退所後の就職につなげるため、そろばんを一生懸命、勉強していました。 レッテルを貼られると、はがすことがなかなか容易ではありません。そこを切り開くために、そろばんを学ぶ姿が心に強く残りました。そろばんは練習した分だけ必ず上達します。仕事として教育に携わりたいと思うきっかけになりました。

社長を引き継ぎ会社で金庫を整理していると、父が走り書きしたメモが出てきました。「これからそろばんはどうなるのだろう」。強気一辺倒だった父にしては意外です。電卓の登場で80年をピークにそろばんが売れなくなり始め、行く末を心配していたのでしょう。
 そろばんの価値は何か、私自身しっかり考えなければなりません。コンピューターが普及すれば計算機としての役割は終わります。ハードではなくソフトウエアとして位置づけ、そろばん教室を展開することにしました。

96年、インターネット普及率がまだ5%という時代にホームページを開設。米マイクロソフトからそろばん100丁の注文が来た。

コンピューターの聖地、米IBMワトソン研究所には、そろばんを収めたガラスの箱があり、ハンマーを置いています。「何もかもダメになったら、ガラスを割れ(そろばんを使え)」とのメッセージが付いています。コンピューターの原点はそろばんにあるということでしょう。

 そろばんは決して役割を終えていない。抽象的な数を理解するための考具にできるという確信が持てました。

 

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180820&ng=DGKKZO34335150Q8A820C1EAC000

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180821&ng=DGKKZO34384590R20C18A8EAC000

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180822&ng=DGKKZO34438770S8A820C1EAC000

 

 

2018年全国学力テストの結果が発表されました

今年は、文部科学省が結果公表時期を1カ月早め7月末にし、夏休み中に対策を模索するよう求めたようです。

「思考力・判断力・表現力」に代表される応用力の低さが、長年の課題とされています。

今年も同様のようです。

以下新聞記事よりより抜粋してみました。

小学生の算数では、割り算が苦手な様です。割り算に関する百分率の問題も正解率が低いとのこと。

滋賀県はどうでしょう

小学6年は、国語がA、Bともに大阪府などと並び全国最低水準

算数のA、Bと理科も全国で下から2番目

国語のA、Bは全国トップの秋田県と比べると、いずれも9ポイント正答率が低い。

 

中学3年は、国語のA、Bは全国平均とほぼ同じ水準

数学A、Bと理科は全国平均を上回り、都道府県で上位

県平均は、小学生で比較的低い水準である一方、中学生では全国平均と同水準か、上回る傾向が続いている。

 

やはり、求められているのは『思考力』考える力ということでしょうか。

我々親の考え方もチェンジしていかないといけないようです。

ノートの取り方

納得する記事を目にしましたので紹介します。

〜以下、参照記事〜

大切なのは、いかに「思い出す」ためのノートを取れるか!

ノートを取る目的について考える前に、まずは記憶のメカニズムについて説明する必要があるでしょう。
記憶には、「覚える(=記銘)」、「覚えている(=保持)」「思い出す(=想起)」の3つの過程があります。
この中で最も大切なのは、実は「思い出す」です。 記憶というと、覚えること、言い換えると詰め込むことが重要に思えますが、それは誤解です。なぜなら、せっかく覚えたことも、後で正確に思い出せなかったら意味がないからです。
例えば、山形県と秋田県、どちらが北(青森県寄り)にあるでしょうか。 正解は、秋田県ですね。
北から秋田県、山形県なので、縦書きで「秋山(あきやま)」とノートに書いて思い出せるようにしています。
記憶において最も大切なことは、いかに正確に思い出せるかを意識することにあるのです。
同じことがノートを取ることにも言えます。確かにノートは、記録するために使われるものです。しかし、それも後で見たときに勉強したことが思い出せるかどうかが重要です。 つまり、ノートは後で見て思い出すためのものなのです。後で見てみて、いかに多くのことを正確に思い出せるか、それがノートの取り方の基本です。 

 

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ノートは「見直して振り返る」ことが一番大事!

 

ランキング?!

『何の習い事をさせていますか?

(1位)スポーツ系

(2位)学習塾

(3位)音楽系

 

『何の習い事をさせたいですか?

(1位)英会話スクール

(2位)プログラミング教室

(3位)そろばん教室

 

違うのですね!!

 

開講している教室の絶対数にも関係があるのでしょうか。

 

それとも、まだまだ広告宣伝不足ですかね!

考える!

植松氏の投稿をシェアさせていただいます。

【考える】という事を拒否しない為に

【考える】訓練が必要。

そんな教室運営をしています。 

 

〜下記シェア記事です。

 

よく言われます。

「世の中そんなに甘くない」

まったく、その通りでございます。
だから、僕は、準備します。
これから、ロボットがどんどん増えて、人間の仕事がどんどんなくなっていきます。
だから、人間は、ロボットに負けない能力を高めないといけません。
それが、「考える」です。
そして、考える人になるための秘訣があります。
それは、自分の夢を、どんどんしゃべることです。

なぜなら、
夢を潰された人は、考えたくなくなるからです。
だから、夢をかなえればいいのです。
夢をかなえるために大事なのが、
やったことがある人となかよくなる、ことです。
だから、やったことがある人を探すために、
自分の夢を、出会う人出会う人に、片っ端からしゃべるのです。
もちろん、信じてくれない人も、バカにする人も、
否定する人も、出来ない理由を教える人もいます。
夢を潰す人もいます。
でも、そんなの、ほっといていいです。雑音です。
そんなのに負けないで、やったことがある人を探すのです。

夢は、大きくなくてもいいです。どんなのでもいいです。
とにかく、どんどん見つけて、どんどん叶える練習をすべきです。

そうしたら、自動的に、能力が増えて、人脈が増えて、
出来ることが増えていきます。
食えるようになります。
実は、いまできないことを可能にするためにがんばると、それは、立派な努力になってしまいます。
そして、努力の価値を知った人は、他人の夢や努力を潰さない人になります。

この、激変する時代に、
「そんなこと言ったって、世の中そんなに甘くないんだよ。」と言うだけで、

夢をかなえる努力をしていない人に言いたいです。
「世の中、そんなに甘くないから、努力した方がいいよ。」

 

〜参照記事終了

 

どうですか?

私はシステム開発会社を運営していますので

このロボットの状況は想像できます。

もう既にこの状況になりつつあります。

 

もっと自分で考える訓練をしましょう!

 

 

勉強して意味あるの?

ある投稿を紹介します。

皆さんは、どう答えますか?

 

以下、記事抜粋

==============================================

勉強は何のためにやっているのでしょうか? 

 目先の目的としては、「(中学生の場合)〇〇高校に合格するために勉強している」というのは正しいでしょうが、「じゃ、〇〇高校に合格して、その先は?」と聞かれるとおそらく「〇〇大学に合格するため」となるでしょうね。さらにその先は「〇〇会社に入るため」になるのでしょうか? 

次のような問答をご覧ください

生徒:「先生、このまま勉強して〇〇高校に合格できますか?」
私:「現段階では可能性としては入試で〇点以上必要だよね。内申点(学校成績)がすでに出ている状態だから、あとは入試のための点数がどの程度まで伸びるかによるね」
生徒:「でも、今やっている勉強って、もし志望校落ちるようなことになったら、意味なくなりますね」
私:「そうかな。今やっている勉強は、来春の入試に向けての勉強であることは確かだけども、その入試のためだけだと思っているの?」
生徒:「え、違うんですか?  それ以外に、勉強の意味ってあるんですか?」
私:「たくさん、あるんだよね~」
生徒:「……」

 

私:「たくさんあるけど、2つだけ話をしようか。まずはね、頭の使い方が勉強になる。
例えば、数学の因数分解ってあるね。あれは、複雑な形をした式が、いくつかの要素に分解したもので、成り立っているね。つまり、世の中の複雑な現象は、いくつかの問題に分解できて、その掛け合わせで起っているというように応用できる。

また理科では実験というのがあるよね。あれは、『多分こうじゃないか(仮説)と考え、それが本当にそうか実験して試す(検証)』という順序になるね。実は、この考え方は社会に出て働くようになれば当たり前にやることなんだけど、理科はただの暗記だと思って勉強していると、君の言うとおり、役に立たないね。しかし、このように問題への取り組み方、答えへの近づき方がわかっている人には、勉強したことが役に立っているんだよ。そう、学校の勉強内容すべてに意味があるんだ」

生徒:「そんな意味があるんですね。そういう話は聞いたことがなかったです」

私:「もうひとつはね、かなり重要なことなんだけど、それは自分の成長のために勉強があるということだよ。だからトップ校にいく人と比べて自分ができないという比較ではなく、1カ月前の自分と比べて成長したのかどうか、それが重要になるんだ。
また今、勉強して、仮に来年の入試で、自分が行きたい高校に合格できなかったとしても、今よりは成長しているよね。努力を続けた生徒は、来年2月には目標まで届かなくても、高校では、さらに伸びていくんだ。途中であきらめると、それが癖になって、何かあると諦める人間になってしまう。高校受験で人生が終わるんじゃないんだからね、人生にはまだまだ先がある。しかし、コツコツ努力し続ける人が、最終的に成長できる人になり、自分のやりたいことができるようになっていくんだよね」

生徒:「なるほど、そういうことなのですか!」

私:「だから、目先の受験のための勉強という意味も確かにあるけど、やるだけやって仮にダメであっても、その先でさらに伸びていける人になりたいと思わないか?」


勉強することの意味がわかれば意欲的に頑張る
生徒は、勉強することの意味がわかれば意欲的に頑張っていきます。今までつまらないと思っていた勉強に対する見方が変わります。

 趣味や部活動でも、同じではないでしょうか。試合やコンクールで勝てない、トップになれないのになぜやるのでしょうか? 
「楽しいから」「やっていて意味を感じるから」「仲間との連帯感があるから」など、理由はたくさんあることでしょう。


 勉強も同じです。意味があるのです。ただ、意味がないようなやり方をしていたり、意味を認識できる機会がなかったり、強制的・義務的であったりするために、「なぜやる必要があるの?」と悲観的になってしまうのでしょう。

学び方を教える

植松氏の投稿に納得しましたのでシェアしました。

皆さんはどう思われますか・・・・

 

「なぜ?」を「調べる」練習

以下参照記事です。 

===================================================

少し昔。

読み書きができると、できないとでは、
生活にものすごく差がつくようになりました。

特に、明治維新後の日本では、
西洋の科学技術がどんどん入ってきて、
仕事の機械化が進んでいきます。
説明書を読んだり、説明書を作ったり、という能力は、
どんどん必要とされました。

だから、多くの人が、お金を投じて、読み書きの力を
得ようと努力します。

読み書きのすごいところは、
その能力さえあれば、教えてもらわなくとも、
いくらでも自分で学ぶことができるからです。
これは、強力な自己独立性と自己発展性になります。
依存しなくても、してもらわなくても、
生き延びられるし、成長できる能力です。

しかし、それから時代がどんどんすぎて、
気がついたら、
「与えられたテスト問題の読み書きはできるけど、
自分の意志では、何を読めばいいのかわからない。
自分の気持ちや考えを、書き記すこともできない。」
という人が大量に作られてしまった気がします。
これでは、「教えてもらわなくても自分で学べる」能力になりません。
これでは、「読み書きできない」のと同じではないでしょうか。

いやいや、今の子達は、プレゼンがすごいよ。
という声もありますが、
事前に周到に準備して暗記して、身振りや手振りや表情まで、振り付け師に付けてもらったようなプレゼンには、
臨機応変性はないです。重要なのは、自分の思考と、自分の意志です。

見学に来てくれた学校から、お礼の手紙が届くことがあります。
時々、200人分全部が、「拝啓、新緑の候、皆様お元気にお過ごしでしょうか。先日は私たちの為に、貴重な時間を・・・・・
私たちは、この経験を、今後の学校生活に活かしていきたいと思います・・・・」
という、まったく一太郎や花子の定型文かよ!な、一字一句、ほぼ変わらない、というのがあります。
正直に言うと、恐怖を感じます。
むしろ、めちゃめちゃな乱筆乱文でも、心が伝わる自分の言葉の方が、よっぽどうれしいし、勉強になります。

昔は、単純作業が多かったから、画一的な人間が必要とされました。
そして今も、一部の非正規雇用では、画一的な安定した性能の人間が必要とされます。
でも、その労働条件はかなり厳しいです。同じだと、比べられ、安い方に負けます。

学校は、「知識を押し込む場所」ではなく、
「学び方を教える場所」だと思います。
学校を卒業してから光り輝くようにです。
テストの点数がいいだけの人は、テストの点数という価値観が通用しない世界では、輝きを失います。

僕らは、自ら光を放つために、本当の読み書きを身につけた方がいいと思います。
そのためには、「なぜ?」を「調べる」練習をすべきです。
疑問を持ち、その疑問を調べるのです。ただそれだけです。
「うのみ」「丸暗記」ではなく「なぜ?」です。

そういう教育が、行われるようになりつつある現在。
「うのみ」「丸暗記」教育をがっちり受けてしまった人達は、
数年後に職場にやってくる「なぜ?」のニュータイプ人間に、
おもいっきり追い上げられることを覚悟すべきです。

そして、覚悟とは、あきらめる、ではないです。
来たるべき未来にそなえて、準備することです。

さあ。「なんかへんだな?」「そういうもんかな?」と思ったことを、調べましょう。
それが、ニュータイプの覚醒につながるはずです。

「うのみ」「丸暗記」「偏差値」「学歴」に魂を縛られたままにしないで。

====================================================================

参照記事終了

 

 

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