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塾長コラム

ノートの取り方

納得する記事を目にしましたので紹介します。

〜以下、参照記事〜

大切なのは、いかに「思い出す」ためのノートを取れるか!

ノートを取る目的について考える前に、まずは記憶のメカニズムについて説明する必要があるでしょう。
記憶には、「覚える(=記銘)」、「覚えている(=保持)」「思い出す(=想起)」の3つの過程があります。
この中で最も大切なのは、実は「思い出す」です。 記憶というと、覚えること、言い換えると詰め込むことが重要に思えますが、それは誤解です。なぜなら、せっかく覚えたことも、後で正確に思い出せなかったら意味がないからです。
例えば、山形県と秋田県、どちらが北(青森県寄り)にあるでしょうか。 正解は、秋田県ですね。
北から秋田県、山形県なので、縦書きで「秋山(あきやま)」とノートに書いて思い出せるようにしています。
記憶において最も大切なことは、いかに正確に思い出せるかを意識することにあるのです。
同じことがノートを取ることにも言えます。確かにノートは、記録するために使われるものです。しかし、それも後で見たときに勉強したことが思い出せるかどうかが重要です。 つまり、ノートは後で見て思い出すためのものなのです。後で見てみて、いかに多くのことを正確に思い出せるか、それがノートの取り方の基本です。 

 

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ノートは「見直して振り返る」ことが一番大事!

 

ランキング?!

『何の習い事をさせていますか?

(1位)スポーツ系

(2位)学習塾

(3位)音楽系

 

『何の習い事をさせたいですか?

(1位)英会話スクール

(2位)プログラミング教室

(3位)そろばん教室

 

違うのですね!!

 

開講している教室の絶対数にも関係があるのでしょうか。

 

それとも、まだまだ広告宣伝不足ですかね!

考える!

植松氏の投稿をシェアさせていただいます。

【考える】という事を拒否しない為に

【考える】訓練が必要。

そんな教室運営をしています。 

 

〜下記シェア記事です。

 

よく言われます。

「世の中そんなに甘くない」

まったく、その通りでございます。
だから、僕は、準備します。
これから、ロボットがどんどん増えて、人間の仕事がどんどんなくなっていきます。
だから、人間は、ロボットに負けない能力を高めないといけません。
それが、「考える」です。
そして、考える人になるための秘訣があります。
それは、自分の夢を、どんどんしゃべることです。

なぜなら、
夢を潰された人は、考えたくなくなるからです。
だから、夢をかなえればいいのです。
夢をかなえるために大事なのが、
やったことがある人となかよくなる、ことです。
だから、やったことがある人を探すために、
自分の夢を、出会う人出会う人に、片っ端からしゃべるのです。
もちろん、信じてくれない人も、バカにする人も、
否定する人も、出来ない理由を教える人もいます。
夢を潰す人もいます。
でも、そんなの、ほっといていいです。雑音です。
そんなのに負けないで、やったことがある人を探すのです。

夢は、大きくなくてもいいです。どんなのでもいいです。
とにかく、どんどん見つけて、どんどん叶える練習をすべきです。

そうしたら、自動的に、能力が増えて、人脈が増えて、
出来ることが増えていきます。
食えるようになります。
実は、いまできないことを可能にするためにがんばると、それは、立派な努力になってしまいます。
そして、努力の価値を知った人は、他人の夢や努力を潰さない人になります。

この、激変する時代に、
「そんなこと言ったって、世の中そんなに甘くないんだよ。」と言うだけで、

夢をかなえる努力をしていない人に言いたいです。
「世の中、そんなに甘くないから、努力した方がいいよ。」

 

〜参照記事終了

 

どうですか?

私はシステム開発会社を運営していますので

このロボットの状況は想像できます。

もう既にこの状況になりつつあります。

 

もっと自分で考える訓練をしましょう!

 

 

勉強して意味あるの?

ある投稿を紹介します。

皆さんは、どう答えますか?

 

以下、記事抜粋

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勉強は何のためにやっているのでしょうか? 

 目先の目的としては、「(中学生の場合)〇〇高校に合格するために勉強している」というのは正しいでしょうが、「じゃ、〇〇高校に合格して、その先は?」と聞かれるとおそらく「〇〇大学に合格するため」となるでしょうね。さらにその先は「〇〇会社に入るため」になるのでしょうか? 

次のような問答をご覧ください

生徒:「先生、このまま勉強して〇〇高校に合格できますか?」
私:「現段階では可能性としては入試で〇点以上必要だよね。内申点(学校成績)がすでに出ている状態だから、あとは入試のための点数がどの程度まで伸びるかによるね」
生徒:「でも、今やっている勉強って、もし志望校落ちるようなことになったら、意味なくなりますね」
私:「そうかな。今やっている勉強は、来春の入試に向けての勉強であることは確かだけども、その入試のためだけだと思っているの?」
生徒:「え、違うんですか?  それ以外に、勉強の意味ってあるんですか?」
私:「たくさん、あるんだよね~」
生徒:「……」

 

私:「たくさんあるけど、2つだけ話をしようか。まずはね、頭の使い方が勉強になる。
例えば、数学の因数分解ってあるね。あれは、複雑な形をした式が、いくつかの要素に分解したもので、成り立っているね。つまり、世の中の複雑な現象は、いくつかの問題に分解できて、その掛け合わせで起っているというように応用できる。

また理科では実験というのがあるよね。あれは、『多分こうじゃないか(仮説)と考え、それが本当にそうか実験して試す(検証)』という順序になるね。実は、この考え方は社会に出て働くようになれば当たり前にやることなんだけど、理科はただの暗記だと思って勉強していると、君の言うとおり、役に立たないね。しかし、このように問題への取り組み方、答えへの近づき方がわかっている人には、勉強したことが役に立っているんだよ。そう、学校の勉強内容すべてに意味があるんだ」

生徒:「そんな意味があるんですね。そういう話は聞いたことがなかったです」

私:「もうひとつはね、かなり重要なことなんだけど、それは自分の成長のために勉強があるということだよ。だからトップ校にいく人と比べて自分ができないという比較ではなく、1カ月前の自分と比べて成長したのかどうか、それが重要になるんだ。
また今、勉強して、仮に来年の入試で、自分が行きたい高校に合格できなかったとしても、今よりは成長しているよね。努力を続けた生徒は、来年2月には目標まで届かなくても、高校では、さらに伸びていくんだ。途中であきらめると、それが癖になって、何かあると諦める人間になってしまう。高校受験で人生が終わるんじゃないんだからね、人生にはまだまだ先がある。しかし、コツコツ努力し続ける人が、最終的に成長できる人になり、自分のやりたいことができるようになっていくんだよね」

生徒:「なるほど、そういうことなのですか!」

私:「だから、目先の受験のための勉強という意味も確かにあるけど、やるだけやって仮にダメであっても、その先でさらに伸びていける人になりたいと思わないか?」


勉強することの意味がわかれば意欲的に頑張る
生徒は、勉強することの意味がわかれば意欲的に頑張っていきます。今までつまらないと思っていた勉強に対する見方が変わります。

 趣味や部活動でも、同じではないでしょうか。試合やコンクールで勝てない、トップになれないのになぜやるのでしょうか? 
「楽しいから」「やっていて意味を感じるから」「仲間との連帯感があるから」など、理由はたくさんあることでしょう。


 勉強も同じです。意味があるのです。ただ、意味がないようなやり方をしていたり、意味を認識できる機会がなかったり、強制的・義務的であったりするために、「なぜやる必要があるの?」と悲観的になってしまうのでしょう。

学び方を教える

植松氏の投稿に納得しましたのでシェアしました。

皆さんはどう思われますか・・・・

 

「なぜ?」を「調べる」練習

以下参照記事です。 

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少し昔。

読み書きができると、できないとでは、
生活にものすごく差がつくようになりました。

特に、明治維新後の日本では、
西洋の科学技術がどんどん入ってきて、
仕事の機械化が進んでいきます。
説明書を読んだり、説明書を作ったり、という能力は、
どんどん必要とされました。

だから、多くの人が、お金を投じて、読み書きの力を
得ようと努力します。

読み書きのすごいところは、
その能力さえあれば、教えてもらわなくとも、
いくらでも自分で学ぶことができるからです。
これは、強力な自己独立性と自己発展性になります。
依存しなくても、してもらわなくても、
生き延びられるし、成長できる能力です。

しかし、それから時代がどんどんすぎて、
気がついたら、
「与えられたテスト問題の読み書きはできるけど、
自分の意志では、何を読めばいいのかわからない。
自分の気持ちや考えを、書き記すこともできない。」
という人が大量に作られてしまった気がします。
これでは、「教えてもらわなくても自分で学べる」能力になりません。
これでは、「読み書きできない」のと同じではないでしょうか。

いやいや、今の子達は、プレゼンがすごいよ。
という声もありますが、
事前に周到に準備して暗記して、身振りや手振りや表情まで、振り付け師に付けてもらったようなプレゼンには、
臨機応変性はないです。重要なのは、自分の思考と、自分の意志です。

見学に来てくれた学校から、お礼の手紙が届くことがあります。
時々、200人分全部が、「拝啓、新緑の候、皆様お元気にお過ごしでしょうか。先日は私たちの為に、貴重な時間を・・・・・
私たちは、この経験を、今後の学校生活に活かしていきたいと思います・・・・」
という、まったく一太郎や花子の定型文かよ!な、一字一句、ほぼ変わらない、というのがあります。
正直に言うと、恐怖を感じます。
むしろ、めちゃめちゃな乱筆乱文でも、心が伝わる自分の言葉の方が、よっぽどうれしいし、勉強になります。

昔は、単純作業が多かったから、画一的な人間が必要とされました。
そして今も、一部の非正規雇用では、画一的な安定した性能の人間が必要とされます。
でも、その労働条件はかなり厳しいです。同じだと、比べられ、安い方に負けます。

学校は、「知識を押し込む場所」ではなく、
「学び方を教える場所」だと思います。
学校を卒業してから光り輝くようにです。
テストの点数がいいだけの人は、テストの点数という価値観が通用しない世界では、輝きを失います。

僕らは、自ら光を放つために、本当の読み書きを身につけた方がいいと思います。
そのためには、「なぜ?」を「調べる」練習をすべきです。
疑問を持ち、その疑問を調べるのです。ただそれだけです。
「うのみ」「丸暗記」ではなく「なぜ?」です。

そういう教育が、行われるようになりつつある現在。
「うのみ」「丸暗記」教育をがっちり受けてしまった人達は、
数年後に職場にやってくる「なぜ?」のニュータイプ人間に、
おもいっきり追い上げられることを覚悟すべきです。

そして、覚悟とは、あきらめる、ではないです。
来たるべき未来にそなえて、準備することです。

さあ。「なんかへんだな?」「そういうもんかな?」と思ったことを、調べましょう。
それが、ニュータイプの覚醒につながるはずです。

「うのみ」「丸暗記」「偏差値」「学歴」に魂を縛られたままにしないで。

====================================================================

参照記事終了

 

 

学校で勉強する意味

漫画家:江川達也氏の投稿です。

〜以下参照内容です。〜

学校で勉強する意味とは何だろう。

足し算や引き算を学校で習う。いろんな計算を学校で習う。
算数や数学でものを論理的に分析してそれなりの答えをだす訓練をする。
しかし、今、コンピュータがやってくれるから、出来なくても平気だ。

それでいいのだろうか。

コンピュータがどうやってそれを出しているか知らなくていいのだろうか。

まさにプログラミングの世界でもそういうことが言われている。

プログラマーの殆どが使っているのは高級言語だ。
ライブラリーサブルーチンを使えば、中身がわからなくても、
レゴのように出来合いの総菜を組み合わせて料理を作るように何らかのプログラムが出来てしまう。
C言語も難しいとは言われているが、マスターしても機械語はわからない。

アセンブラを書いてるプログラマーは僅かだ。

アセンブラでコンパイラとか作ってはじめて、
コンピュータ言語がどういうことなのか朧げに理解出来るのだろう。

でも、そんなコンピュータの中のことなど知らなくても、プログラマーとしてやっていけたりする。
そう、プラックボックスの中なんかいい。というのが今の流れだろう。

人類の科学史を学びながら、一つ一つどうやって人類が科学を獲得していったかを
学ぶことはすごく必要な気がする。

〜参照終了〜

 

皆さんはどのように感じられました。

プログラミングの話はさておき、学校で勉強する意味に関して興味深い内容です。

 

考える力

『考える力が必要』などの文言が、雑誌やネットなどで多く見られるようになってきました。

この【考える力】は急に必要になったわけではなく、昔から必要でしたよね。

ではなぜ、今更目立つようになったのでしょうか?

それは、【考える力】が身についていない状況が、あまりにも多いのではないでしょうか。

下記のような文面を目にしましたので紹介します。

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『ちゃんと、早く、いい子に』の人材は『たくさん、安く、均質な』付加価値を生み出す為には必要だったが、

物に満たされた現在にこの考え方は当てはまらなくなっているし、このような前時代的な付加価値は、

全てロボットが行う事が出来るようになるだろう。

みんなが認める『正解』も無くなった。

正解が無ければ、それを教える先生の在り方も変わってくる。先生ではなく先輩であるべきなのだ。

正解のない世の中では、自分、相手、社会が納得出来る『納得解』が必要。

納得解はただの思い付きではなく、論理的に成立していて簡単には論破出来ないものである必要がある。

納得解を導くのに必要なのはクリティカルシンキングや複眼思考。

つまり、物事のそもそもを疑う目線や異なる角度から考える目線が必要。

ただし、思考方法だけでは役には立たない。

思考する為の材料が『知識』なのだ。

知識を詰め込む勉強がなくなる事は無いが、

その材料をどう使用するかの『思考力』にこれからの教育はもっと焦点を当て

子供達が実際にその思考力を行使できるようにしなければならない。

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どうですか・・・・・・・・・・・

 

そろばん教室から見た学習方法

そろばん教室では・・・・・・

『よ〜い、はじめ!』 → 『出来ました!』 → 採点

『よ〜い、はじめ!』 → 『制限時間、やめ!』 → 採点

この時間、10分前後。

この繰り返しで、上達していくんですね。

この10分前後の時間が、ちょうど良い時間なんですね。

集中も続き、頑張れる時間。

 

当教室では、この仕組みを利用した学習システムを導入しています。

1枚のプリントを、5分から10分で学習できるボリュームに作り上げ、

効率よく、繰り返し学習できるシステムなのです。

 

まさしく自考力

 

問題集を解いていくのも同じように感じますが、

一単元のボリュームが少し多いんですよね。

さらにテキスト形式の場合、やった感が無いようなのです。

プリントは達成感があるようです。

 

小学1年から中学3年まで対応出来ます。

小学低学年は国語・算数を。

5年6年は4教科を。

もちろん中学生は5教科対応です。

算数と数学の違いから学習方法を考えてみる

中学生になって、数学が苦手になった人が多いですね。

小学校では出来ていたのに・・・・・

 

【ミスが減らない】

「どうも計算ミス」が多い。

本人に聞いても、 

「あ、それはうっかりミス。次はもっと慎重にやるから大丈夫」と言います。 

 

どのような現象が起きているのでしょうか・・・・

 

「途中式を書かない」

目的が「上位校の中学入試に合格する」場合、いかに「早く正確に」計算できるかが勝負なので

途中式を書かない指導も見受けられます。

効果的な「メモ書き」と「暗記(平方数や素数)」を駆使して、中学入試で必要とされる計算問題を攻略します。

 

ただし、このやり方が通用するのは「算数」の分野です。「数学」はそうはいきません。 

論理的な式展開をすることにより、

一回の演算量を減らし、確実に解答にたどり着く「道順」をつくることが目的になります。

 

この点を理解しないまま、「答えを合わせ」にいくと、方程式の少数・分数あたりで

人間が「頭の中だけ」で処理できる限界に達します。 

計算を端折りすぎるので、暗算する量が多すぎて、ほとんど正解する方が「奇跡」のように感じるくらい、

計算問題の難易度が上がります。 

もちろん、簡単な方程式の段階から、式展開の途中式を身に付けていれば問題ないです。

でも、身に付けていなくても「正解」するんです。簡単な問題ならば。

 そして、いよいよ問題が難しくなった時には、すでに遅し。です。

 「途中式になにを書けばいいか」が分かっていないのです。

 

 

【方程式の文章題が解けない】

メモ書きや暗算中心の子が方程式の計算後半で大いに苦戦します。

そして、その子が「一息つける」ようになるのが、文章題(応用)に入った時です。

 

非常に簡単な問題から入ります。 

「ある数に3を加えた数と、もとの数の2倍が等しくなりました。ある数を求めなさい」なんて問題が出てきます。

 

方程式にうんざりした子は、喜々として「算数」の知識で取り組みます。 

特に「算数」を得意としていた子は、方程式を避ける傾向にあります。

方程式ではなく、「算数」で解きます。

「どうやって解いたの?」と聞いて見て下さい。

「どうやって?うーん、普通に」

と答えると思います。方程式を立てることなく「普通」に解いた。と言うのです。

 

「普通ってなんだ??」

 

このやり方の限界もお分かりですよね。

方程式の応用問題の中で、後半に破綻します。 

なぜなら、その子は「方程式の立式」を練習してこなかったからです。

簡単な問題で立式を練習していない子が、難しい問題の立式ができるはずもありません。

 

そして・・・・・

立式ができない

立式しても確実には解けない

という状態がいとも簡単にできてしまいます。

これは、「算数が得意」と言っていたお子さんにこそ起きやすい事象であることに注意が必要です。

 

 

【解決策はあるのか】

そこを切り開くのは、まちがいなくお子さんの「素直力」だと思っています。

まずは資料請求を!

英語教室の資料を直接取り寄せることが出来るようになりました。

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塾に出向くのはちょと・・・・・とお考えの方。

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まずは資料請求を。

 

その後は、お近くの教室で体験を!

 

お待ちしております。

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